楽しいこと。

  
楽しいことをすると元気がでる
当たり前のことなのかもしれませんが

うつで楽しいという感覚が薄れたり
やりたいことが出来るほど体力がなかったりで
いつの間にか忘れていたようでした。

少し回復してきても、焦りからためになるような
ことばかりしようとして。。


この夏に再び動けなくなったことで
楽しいことって本当に心の栄養なんだと
気が付きました。


しかも、楽しんでる中に学びも気付かぬうちにあったりして。


となると今度は楽しまなくちゃという考えに
捉われ始めました。


でも、体力も気力もそんなについていけない時も。

だらだらするしかないのかなぁと諦めました。


ところが「よし、じゃぁダラダラしてやるぞ〜」と
決めたとたん、とても楽しい気分に♪

同じダラダラでも仕方なくやっているのと
これでよし!と思ってやるのではずいぶんと
気持ちが違うよう。


幸せなだらだら時間。
そうか〜ダラダラするのも楽しいことの一つなのかぁ。


小さな小さな新発見。
 
 

・・とかいいながら

   
寛容になりたいなとは思ってますが
ま、そうは簡単ではなく。。

苦手な人も当然います。
この間からムッとしている人がいました。


その方は大学と大学院の先生をされています。
カウンセラーでもあり、きっと今まで
たくさんの方の力になってきたことでしょう。

その方が授業中に言われたことに
カチンときてしまいました。


「アヒルの子はアヒル。白鳥にはなれないんだよね。」


この言葉がひっかかって心の澱になっていました。


はぁー 願うことと自分とのギャップは大きい。

だけど、権威のある人がそういうこと言うと
真に受けちゃう人もいそうじゃないですか〜


ばかたれ〜 いい歳こいて ばか言ってんじゃないよ〜


と、ぶつぶつつぶやいておりますと
子どもが一言、


「あ〜 その人の親はアヒルってことが言いたかったのかな?」


と言ったのです。


「自分で自分はアヒルですって言ってるようなもんじゃないの!それ。」


もう〜 大爆笑。そしてすっきり。


こんなにちっちゃいわたしです。


穏やかには遠いなぁ


ま、ぼちぼち。
 
  
 

愛があれば?

    
常識に捉われないといえば聞こえはいいけど
ある意味、常識というものに対する共通理解のようなものを
感じることが難しいわたしです。

だけど、自分の中にあるルールには結構縛られている
というか、なかなか動かせない部分もあるのです。


去年からうつ病が少し悪化して
再び体が動かなくなっちゃったけど
そういう自分を受け入れられるようになったということでは
実りのある時間を過ごせたという実感があります。


けれども、自分を受け入れることは他の人を
受け入れるよりは簡単だったかもしれないと思います。


最も愛情を感じる我が子でさえ、それは大変なことでした。

子どもが自分には許せないと思う行動をとってしまった時、
(それは滅多にないことですが、やはり子どもなのですね)


そういう時、頑ななわたしの心はすぐに拒絶しようとしてしまいます。


まず、そういうことがあったということを認められません。(笑)
どれだけちっちゃいんでしょうね。


それからなんとか事実と向き合って、本当になんとか・・です。


これまでの自分を決して責めなかった子どもたちへの
感謝の気持ちを想います。


今も手助けをしてくれることへの温かい繋がりへの
思いをゆっくりと噛みしめます。


そして覚悟を決めて自分の中の枠を押し広げます。
本気で許し、受け入れるために。


それは痛みを伴います。比喩ではなく実際に体が痛くなるのです。


嬉しい痛みです。これがわたしの愛なんだなと思います。
そしてちっちゃなわたしがほんの僅かに大きくなります。


その輪はちょっとだけ広がって、許すことや
受け入れることが、僅かではありますが以前よりも
出来るようになってきているようです♪


ずいぶん前に聞いていた歌で歌詞の意味が
ピンと来なくて分からないものがありました。

今なら少しは分かる気がするな。



矢野顕子 愛があれば〜LOVE CAN'T BE BLIND〜



 

実は・・・

  
わたしはお風呂に入るのが
好きではありません。

めんどうだから。

ごはんを食べたり、寝たり
そういうこともしなくて済むものなら
どんなにいいだろうと子どもの頃から
思っていました。

もちろんお腹がすいた時に食べられると美味しいと感じるし
眠たい時に寝られると幸せ感がありますが、

お腹がすいてこなかったり
眠くならなかったらどんなに煩わしくない
だろうかとつい思ってしまうのです。

身体の感覚がちょいと鈍いせいでしょうか。
他の人ほど生命を維持するための
そういう行動のなかに喜びを感じにくいようです。

熱中しやすいところがあるので
作業を中断したくないということも
それを加速させるのでしょう。


そういう、避けたいけど避けられないことNo,1が
お風呂です。。


冬になるとまたまたその億劫さに拍車がかかります。


でも、うつ病にもADDにもお風呂に入って
血行を良くすることはとてもいいんですよね!


それでバスタイムを快適にするべく
工夫をちょっとしてみました。

なんだかだるくてもうお湯に浸かっても
体を洗うのなんか無理!という日は
バブルバスがおすすめです。

気に入った香りのバブルバスを手に入れて
ふわふわに泡立てたら楽しい気分に♪


最近、買ってよかったなと思うのは
とても泡立ちのよいタオル。
びっくりするくらいすぐにふわふわの泡が。

肌をいためないように柔らかめのものを選びました。

バブルバスにしない日は入浴剤をその日の気分で
選べるようにたくさん種類をそろえました。

シャンプーやリンスなどもこだわりがないので
ついつい家族に合わせていましたが
自分の好きなものを思い切って購入。

狭い風呂場に各自のシャンプー、リンスなどが
ずらっと並んでいます(笑)


特に高いものでなくてもいいんですね。
生活を楽しむってこういうこともあるんだなぁと
思うこの頃です。

ドラッグストアをめぐるのも楽しみの一つとなりました。
これといって贅沢をすることもないので
娯楽費と割り切って考えています♪


今年はちょっぴりお風呂嫌いを克服したかも。


お雛祭り

 
昨日はあこがれのお掃除・お片づけブログの
お雛祭りパーティーが催されました。

幹事をしてくださった桜さん。
コメントをする勇気がなくブログを拝見するばかりだった
方々とお話できてとっても緊張しましたが


楽しかったで〜す♪ ありがとうございました!


わたしもこころのお片づけが終わったら
お部屋のお片づけをもっとするぞ〜!
 
ちょっと毛色の違うわたしを快く仲間に入れてくださって
本当にありがとうございました!


特に紐の話は忘れられそうにありません。 ま・た・ね!
 
 

有難いこと。

 
いくつかの原因があったとしても
うつ病の治りが遅いのはもちろん過去の親子関係や
性格などが関係していると思っています。

発病した当時は父は他界しておりました。


母に対しては今ほどその人柄について理解できていなかったので
どうして、それほど心配もしてくれないのか
こんなに情緒不安定に育ったのは親の責任ではないかと
当初は強く恨みの気持ちを持ちました。


あのころやはり冷たく感じた夫に対して、
母に対する怒りが重なっていたのだろうと思います。
直接その憤りを母にぶつけた事はありません。


母を受け入れようと考えるまでに7年かかりました。


そう考えられるようになってきた一つは自信の回復です。





あの頃、あまり愛されなかったわたしは人を愛することが
出来ないのではないかと思うようになっていました。


結婚に失敗したと気が付いて、その原因は自己愛の健全な
成長がなかったからだと考えました。



また、衝動的な性質で自分の子どもに対しても
以前はとても怒りっぽかったのです。
可愛いと思っているのに衝動的な怒りが止められない。

精一杯、自分に出来る事をやってあげていても
そのことで親としての自信も持てませんでした。


あれは発病してから3年目の頃だったでしょうか。
今から自分を自分で育ててみようと思いました。


自分を愛するために何をしようかと考えて
経済的に自立することや自信をつけるために
まず資格をとろうと決めました。


まだ薬がなくては眠れず、日常も過ごすことも出来ない状態でしたが
学費を稼ぐために短時間のパートに行き始めました。

(・・・かなりの無茶ですね。)




その頃、最も恐怖だったのがそれを母に知られることでした。
母はきっと馬鹿にして笑い飛ばすことでしょう。

その事でどれだけ自分が傷付くか、考えても恐ろしいことでした。
健全に育った人には理解しにくい感覚かもしれませんが。。


けれども自分を育てるなら自分を守ることもまた自分でしなければ。


そう決意して自ら打ち明けました。


案の定、な反応が返って来ました。


わたしは震えながら
「お父さんが生きていたら応援してくれたと思う。」
と訴えて号泣してしまいました。


母は驚いたと思います。
母に弱さを見せた事がなかったので。

どんなに叩かれても、食事を抜かれても、家に入れて貰えなくても
泣いたことさえありませんでした。



沈黙の後「分かった。」と一言だけ言いました。



父は優しい人でした。

しかし決して家庭的な人ではなく、仕事は出来る人でしたが
賭け事で何度も借金をつくっては母に苦労をかけ
家にもあまり帰ってきませんでした。

わたしが父のお気に入りだったことも
母との折り合いを悪くしていたのかもしれません。

愛情を得たくて、いつも父に気に入られたくて必死でした。
無意識に無理をしていたのだと思います。

何も欲しがらず、父の喜びそうなことを探してばかり
いるような子でした。



あまり人に同情しない母も、父を失ったわたしの悲しみには
心が動いたようでした。


このことにとてもわたしは安堵し、
足がかりを得たように感じてほっとしました。





それから、自分を愛するということがよく分からなかったので
自分のことを大切にしている人をよく観察しました。

その人だったらどうするだろうとかよく考えて参考にしたり


一人になると

「大切な自分。大切な自分。」

と自己暗示をかけたり。


間食もあまりしなかったのですが
自分のために甘いものを買ってきたり
紅茶をいれたり・・ お蔭で太っちゃいましたが(笑)



時折、幼児還りしたような気分になるときは
親になったように自分で自分を抱きしめました。

たぶん、年齢の近い三人兄弟の第一子なので
スキンシップも足りていなかっただろうなと思ったので。



ところがこの夏に大きなストレスとなることが幾つか起こり
やっと薬なしでいられるようになったのに眠れなくなってしまいました。


けれども、眠れないなら眠れるまで起きておく事にして
いかにその間気分をよく出来るか考えました。

テレビのある部屋にお布団を持ち込み
眠くなるまで映画やテレビを観たり、本や漫画を読んだりして
過ごしているうちに一定時間眠れるようになってきました。


外出がかなりストレスになっていたので
家族に一緒に行ってくれるように頼んだりもしました。


今でも昼夜逆転の生活で
資格を取ろうと決めて始めた勉強も中断しています。
家にいてもカーテンが開けられません。


けれども無理に寝ようとせず疲れきった自分に休息を与え、
生きるエネルギーを蓄えるために、自分を楽しませてあげられる様になった。


やっとこの頃、自分に優しくなった
自分を愛せるようになってきたと思えます。


不思議ですね。体が一日中だるくていつもどこかしら痛くて
銀行に振込に行くことさえ大仕事と感じるような状態なのに幸せなのです。

一番それを感じているのは子どもたちのようです。

「お母さん、優しくなった。」

と言われました。


自分に優しくすることを心がけて4年。
そのままの自分をやっと受け入れられるようになって
こどもにも優しくすることが出来るようになってきたのです。


わたしの怒りの多くは不安から来るものだったと思います。

また、ADDと診断されたことで衝動性があることを
もっと意識できるようになったことも良かったようです。



キャリアがなくても、お金持ちになれなくても
あまり活動できなくても、病気が治らなかったとしても
幸せだと感じるようになりました。


何もなくてもそのままでいい。


大丈夫なんだと思ったのでしょう。長い間の不安が消えてきました。


子どもに優しくしてあげられる。受け入れられる。
それがわたしを満たしてくれます。


そして周囲に感謝する気持ちが生まれてきました。

夫と同居することは今のわたしには無理です。
これから先も出来ないかもしれません。


気持ちが落ち着いてきた頃
酷くあたってしまったことを何度も心から詫びました。
彼は自分も悪いのだからと、何とも思っていないと言ってくれました。


夫は子どもはわたしが育てて欲しいと言ってくれます。
優しくすることは出来なくても、わたしを認めてくれていることは分かります。
そして今まで通りに家計を預けてくれています。


それが彼に出来る愛情なのだと子どもにもよく言っています。

「有難いね。」 と。

もっと相性の良い人と巡り合っていたら
彼も今よりもずっと幸せだったかもしれません。


でも、何かあったときはお互いに出来る事をするだろうという
信頼関係が奥底にあります。

先はどうなるか分かりませんが、
こういう夫婦もあっていいのかもしれません。



母は力になってくれることはあまりないのですが
邪魔をしないでいてくれるだけでも有難いのだと
この頃分かってきました。

子どものことを思っているつもりで
エネルギーを削いでしまうような悲しい人も少なくないのですね。


わたしはたぶんもう大丈夫です。
母は母なりの愛情を持っているのだということも理解できます。
それは夫から学んだことかもしれません。


しかし、育った環境や持って生まれたものなどから
どうやって行動や言葉に表してよいのか分からないのです。
そしてそのことにも気が付いていない。


それは父も同様だったのでしょう。
二人ともやや複雑な家庭で育っています。

そう考えると誰の責任とも言えません。

わたしだって好きでADDになったわけでも
うつ病に罹ったのでもないのです。


自我が弱かったわたしは、父の他界で思いがけない
衝撃を受けましたが、母がいなくなったらと考えると
居てくれることの幸せを思います。


なによりもちゃんと自分を守ることがもう出来ます。
遭いたくない時は傷つけないように断ることも出来ます。


母を受け入れられるようになるまで7年かかりました。
でもこれはあくまでわたしの個人的な経過です。

無理をしてまで親を受け入れなければならない
ということもないと思います。


わたしには有難いことに愛せるような親だったのだ、と思います。


自分が出来ないことを母がしてくれたことも
たくさんあったのだと気が付いたこともありました。


母は借金を一人で背負い、子どもには一言も言いませんでした。
大人になって知ったことです。