常識に捉われないといえば聞こえはいいけど
ある意味、常識というものに対する共通理解のようなものを
感じることが難しいわたしです。
だけど、自分の中にあるルールには結構縛られている
というか、なかなか動かせない部分もあるのです。
去年からうつ病が少し悪化して
再び体が動かなくなっちゃったけど
そういう自分を受け入れられるようになったということでは
実りのある時間を過ごせたという実感があります。
けれども、自分を受け入れることは他の人を
受け入れるよりは簡単だったかもしれないと思います。
最も愛情を感じる我が子でさえ、それは大変なことでした。
子どもが自分には許せないと思う行動をとってしまった時、
(それは滅多にないことですが、やはり子どもなのですね)
そういう時、頑ななわたしの心はすぐに拒絶しようとしてしまいます。
まず、そういうことがあったということを認められません。(笑)
どれだけちっちゃいんでしょうね。
それからなんとか事実と向き合って、本当になんとか・・です。
これまでの自分を決して責めなかった子どもたちへの
感謝の気持ちを想います。
今も手助けをしてくれることへの温かい繋がりへの
思いをゆっくりと噛みしめます。
そして覚悟を決めて自分の中の枠を押し広げます。
本気で許し、受け入れるために。
それは痛みを伴います。比喩ではなく実際に体が痛くなるのです。
嬉しい痛みです。これがわたしの愛なんだなと思います。
そしてちっちゃなわたしがほんの僅かに大きくなります。
その輪はちょっとだけ広がって、許すことや
受け入れることが、僅かではありますが以前よりも
出来るようになってきているようです♪
ずいぶん前に聞いていた歌で歌詞の意味が
ピンと来なくて分からないものがありました。
今なら少しは分かる気がするな。
矢野顕子 愛があれば〜LOVE CAN'T BE BLIND〜